投資と投機と賭けはどう違うのだろう
投資投機自己売買値上がり益値下がり益
「お父さん、株式の売買って難しそうだけど、面白そうだね」
「それなりに正確な知識を持ってあたれば決して難しくはないと思うよ。面白いかどうかは性格や境遇にもよるだろうネ」
「新聞などでは“投資”という文字をよく見かけるけれど、ときどき“投機”とか“賭け’とかの文字も見るんだ。どこが違うの?」
「英語でもそれぞれ言葉というか表現が違うんだけど、はっきりした境界線がどこかといえば、お父さんもわからないよ。参考になるかどうかだが『投資とは徹底した分析によって元本の保証と適切なリターンを約束されたもの』と言った人もいるそうだよ。この言葉に従えば、現在の株式売買は投資とは呼べないよね。なにしろ、元本は保証されていないのだし、それを承知の上で値上がり益やときには値下がり益をねらって短期売買を行なっている人がけっこう多いからね」
「それじゃ、実質は投機だね。賭けかな?」
「また先人の言葉の引用だけど『投機は計算を伴うベンチャーであり、賭けは計算を伴わないベンチャーである』と言われるよ。この場合のベンチャーとは企てといった意味だろうね」
「計算を伴うがどうかが投機と賭けの境い目というわけだね」
「それが必ずしもそうじゃない場合もあるので困るんだよ。たとえば、競馬や競輪は日本ではギャンブルつまり賭けの一種とされているけれど、馬の血統や過去の戦歴、得意な距離や体調などを綿密に調べていき、さらに出走レースでの展開を予測すると、かなり高い確率で着順がわかる場合があるそうだ。この場合には明らかに計算しているから賭けではなく投機ということになるよなア」
「それじゃ、本当のギャンブルは何なの、パチンコ?ルーレット? 宝くじ? 花札?」
「いや、それらも正確には確率の世界のものなんだよ。パチンコには現にプロがいるからねえ、彼らにとってパチンコはある程度計算できる投機なんだよ。もちろん、プロだから玉の出る台を見つける秘密の技術を持っているとか、何か素人とは違うものがあるはずなんだよ。それじゃなければ、プロじゃない。プロはその分野で生活していける人なんだ」
「なるほど。何事も奥が深いんだね」
「競馬だって賭けとか投機ではなく“推理”を楽しむゲームだという人もいるよ。よく調べて自分の頭で考え、レース展開を推理するんだそうだ。その推理が当たるかどうかの対価として馬券を買うんだそうだ。だから推理が当たったときは計算どおりいった“智”の喜びと馬券の配当という2つの喜びを同時に味わえると言っていたよ」
「株式売買にもプロっているのり」
「もちろんさ。たとえば、証券会社には自己売買部門があるけれど、そこには正式な社員ではない“契約ディーラー”と呼ばれる人が何人かいるんだよ。その人たちにとっては株式の売買でいくらもうけるがが最大の仕事で、もうけによって収入がハッキリ違ってくる。契約だから、成績が悪ければ収入も少ないし契約期限切れと同時につまい、サヨナラ”の厳しい世界なんだよ。反対に、成績が良ければ60歳を過ぎようが70歳になろうが、契約先の証券会社がはなさないだろうけどね」
「ふーん、投資とか投機とかカッコつけてる世界じゃないんだ」
「まあ、言葉の問題はどうでもいいが、株式売買は“知能ゲーム”と言ったほうか実態に近いだろうね」
「ぼくも将来は株式売買をやってみたいよ」
「ああ、そういう志は悪くないよね。志とは目標だからね、その目標を実現するためには何が必要か、当然考えなければならない。考えることは、キミが大人になるために絶対必要なんだからね」
「はい、勉強してみます」
「それと株式売買はキミが学校を卒業して自活できるようになってから始めることだ。間違っても、お父さんのカネを頼りに株式売買を始めちゃダメだ。消費者金融などから借金して始めるのも厳禁だ。株式売買は高利でやるような甘いものではないんだぞ。仮に、生命に関わるような大損を出したとしても自分の責任なんだぞ。自己責任の重みがわからないうちは株式売買に手を染めてはいけないよ」
*自己売買 ディーラー業務と呼ばれ、証券会社自体のリスクで有価証券を売買する。これに対し、顧客の売買の仲介をするのがブローカー業務。
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